心理学好きよっちゃんの
セカンドライフ
〜絵本「おおきな木」で振り返る〜

4.心理学的に考える

「おおきな木」は結構色々な感想がたくさん出てくる絵本のようで、このページで紹介した「絵本ナビ」というサイトのレビューもいろんな感想があって面白かったです。

また、守屋さんという方の「子どもとファンタジー」という著書にも、「おおきな木」を題材にして四カ国の子どもたちの感想を比較している研究がありました。
少し難しい話も含まれていましたが、国の文化や年齢によって生じる子どもたちの多様性が顕著に描かれていて、とても面白かったです。 同じ絵本を読んでも、読者がどのような環境で育ち、どのような価値観を持って読んだかによって変わるのだなあと思いました。






ここで、学生時代の私と今の私の違いについて考えてみました。
もちろん年齢もありますが、やはり大きく私自身に影響を与えているのは子育て経験の有無でしょうか。 子育てを約20年経験したことで、木と少年の関係性を見る目が変わりました。 学生時代には、木と少年をそのまま物語の登場人物の「木」と「少年」としか見ておらず、客観的に評価していました。

しかし、子育てを経験した今では、木と少年の関係を、無意識的に親子関係に例えてしまっていたのです。
多分、私がこの木のような立場なら、こんなにも息子を甘やかさないなぁと思いました。 木と同じくらい大きな愛を息子に対して抱いているからこそ、木に感情移入してしまったのかなと思います。 木に共感するからこそ、この物語にリアリティを感じ、その行為に対して不満や批判を抱いたのだと思います。

また、私が木なら、このように少年(私の場合、息子)を待ち続けるだけの人生なんて嫌だ!と思いました。
私だったら、例えば飛んできた小鳥たちと歌ったり、登ってくる動物と遊んだりして自分だって楽しく過ごしたいです。 もちろん少年が会いにきてくれたら嬉しいですが、少年のためだけに生きる人生なんて悲しすぎませんか?

とは言っても、思い返してみれば息子がまだ小さいときは、世界一大切な息子が私も人生の全てでした。
夫も仕事が忙しく、毎日夜遅く帰ってきていたので、子育てはほとんど私一人でしていました。 あの頃は本当に大変で、自分の時間なんて全くありませんでした。でもそれが幸せだったのです。

しかし今では息子もすっかり大きくなって、もう社会人です。 手がかからなくって大人になっても息子を心配してしまいますが、自分の時間が増え、自分のことについて考えることが多くなりました。



さて、ここで少し難しい話に踏み込んでみます。
エリクソンという心理学者が唱えた「漸成的発達理論」というのはご存知でしょうか。
人間の発達段階において、それぞれ導かれる要素や課題があるという考え方です。

看護roo!「エリクソンの漸成的発達理論」

心理学者エリクソンが定義した発達段階になぞらえて考えると、私はちょうど壮年期に当たります。40〜65歳の年代です。 子どもが大きく成長し親離れしていく頃の壮年期の母親は、自身が属するコミュニティにおいて次の世代に貢献することが発達課題になるそうです。 サラリーマンで言えば、管理職になり部下への指導が主になる立場へ。 母親で言えば、子どもを育てることから見守る立場への移行、などに当たるのでしょうか。 そしてこれは同時に、今までの生活や自分自身を見直す時期にもあたるのではないかと思います。

私のような専業主婦は、今までの子育てを振り返り、これから第二の人生をどう歩んでいくかを考える節目となります。
年代によって絵本の感想が違うのは、その人の考え方や価値観が変わっただけではなく、「心理的な発達課題」というものも関係しているといえるかもしれません。